TOPIK 읽기が苦じゃなくなった理由

TOPIK

TOPIKの읽기対策というと、

「単語力がすべて」「とにかく多読」

そんなイメージを持っていました。

実際、わからない単語が多いと文章は途端にぼやけて、

「結局、何の話だったんだろう?」

と不安になることも多いです。

でも、TOPIK対策を進める中で、

읽기を少し違う捉え方で考えるようになりました。

それが、

文章を“紙芝居”として読むという感覚です。

韓国語を学び始めた頃、

とにかく韓国語に触れたくてラジオを聞き始めました。

最初から韓国語だけの番組に挑戦しましたが、

正直、ほとんどわかりませんでした。

そこで選んだのが、

日本語と韓国語が混ざっているラジオです。

韓国語で話して、

要点を日本語で補足してくれる。

すると、不思議なことに

細かい表現はわからなくても、

今どんな話をしているかは見えてきました。

さらに韓国語が少しずつわかるようになると、

日本語がなくても

 話の流れが追える

 情景や感情が頭の中に浮かぶ

 理解の解像度が少しずつ上がる

そんな変化を感じるようになりました。

この感覚が、

TOPIKの읽기にもそのまま当てはまると気づいたのです。

TOPIKの過去問を初めて解いたとき、

文章理解はまるで

幼い子どもが描いた紙芝居のようでした。

絵は雑 情報は少ない 細かい描写はほとんどない

それでも、

「誰が」「何について」「だいたいどんな気持ちか」

くらいは、なんとなく想像できます。

語学の読解も、それでいいと思っています。

最初から完璧な理解を目指すのではなく、

まずは状況を掴む 流れを追う 主張や変化に気づく

そうしているうちに、

単語が増え 文法が見えるようになり

紙芝居の枚数が増え 絵のクオリティが上がっていく

この過程そのものが、

읽기力が育っていく感覚でした。

わからないまま読む、という選択。

읽기で一番つらかったのは、

「わからない単語が出てくるたびに止まってしまうこと」でした。

でも途中で、

全部わかろうとしないと決めました。

知らない単語があっても読み進める

文全体の役割を見る 接続語や文末表現に注目する

すると、

一語一句はわからなくても、

文章の骨組みは意外と見えてきます。

語学の読解は、

精密画を描く作業ではなく、下書きから始まるもの

なのだと思うようになりました。

TOPIKの읽기では、漢字語が多く出てきます。

例えば、

  • 원 (員)がついている → 人や立場に関係あ りそう
  • 증 (症、証)がついている → 症状?なにかを示すもの?
  • 화/성/률 (化、性、率)など → 抽象的な概念かも

こんなふうに、

意味を断定せず、推理するように読んでいました。

前後の文を読んでいるうちに、

「あ、この単語はこういう役割かもしれない」

と見えてくる瞬間があります。

それは単語を暗記したというより、

文章を解いた感覚に近く、

ちょっとした謎解きのようで楽しかったです。

読解の曖昧さも、語学の楽しさ

子どもの描く、少し情報の足りない紙芝居でも、

私たちは状況や感情を想像することができます。

語学学習も、きっと同じです。

はっきり見えない状況

ぼんやり理解している期間

「たぶんこうだろう」という感覚

その曖昧さも含めて、

外国語を学ぶ楽しさなのだと思います。

TOPIKの읽기は、

静かに、でも確実に積み上がっていくものでした。

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